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89: フィデル・カストロ――革命の第一世代  ’16

先月(せんげつ)、ニッポンの首相(しゅしょう)として(はじ)めてキューバを訪問(ほうもん)したアベ()は、ハバナの空港(くうこう)()()つと、最初(さいしょ)()かったのはフィデル・カストロ(ぜん)国家(こっか)評議会(ひょうぎかい)議長(ぎちょう)私邸(してい)であった。その表敬(ひょうけい)訪問(ほうもん)(さい)(ぜん)議長(ぎちょう)原爆(げんばく)非道(ひどう)(かた)り、オバマ大統領(だいとうりょう)5()(がつ)のヒロシマ訪問(ほうもん)()謝罪(しゃざい)しなかったことを批判(ひはん)した。(かれ)自身(じしん)2003(にせん・さん)(ねん)、ヒロシマを(おとず)慰霊(いれい)()献花(けんか)犠牲者(ぎせいしゃ)追悼(ついとう)している。((ちな)みに、一番最初(いちばんさいしょ)外国(がいこく)国家(こっか)元首(げんしゅ)として献花(けんか)をしたのはインドのネール首相(しゅしょう)1957(せん・きゅうひゃくごじゅう・なな)(ねん)のことだった:ヒロシマ()電話(でんわ)確認(かくにん)

 

カストロは、1959(せん・きゅうひゃく・ごじゅうきゅう)(ねん)、アメリカ帝国(ていこく)主義(しゅぎ)植民地(しょくみんち)主義(しゅぎ)事実上(じじつじょう)(あやつ)人形(にんぎょう)政権(せいけん)であったバティスタ政権(せいけん)武力(ぶりょく)(たお)したキューバ革命(かくめい)英雄(えいゆう)だ。19(じゅうきゅう)20(にじゅっ)世紀(せいき)において、世界(せかい)後進(こうしん)地域(ちいき)はほとんど先進(せんしん)資本(しほん)主義(しゅぎ)(こく)植民地(しょくみんち)だった。その(うち)、ドイツは1(だいいちじ)世界(せかい)大戦(たいせん)、ニッポンは2(だいにじ)大戦(たいせん)敗戦(はいせん)結果(けっか)領有(りょうゆう)していたすべての植民地(しょくみんち)放棄(ほうき)させられた。それに(たい)して、戦争(せんそう)勝利(しょうり)したアメリカやフランス、イギリスなどの連合(れんごう)国側(こくがわ)であった欧米(おうべい)先進国(せんしんこく)は、1945(せん・きゅうひゃく・よんじゅうご)(ねん)終戦後(しゅうせんご)依然(いぜん)として世界(せかい)(おお)くの地域(ちいき)帝国(ていこく)主義(しゅぎ)植民地(しょくみんち)支配(しはい)(つづ)けていた。

キューバもそのひとつだった。それをカストロたちが武力(ぶりょく)解放(かいほう)闘争(とうそう)(くつがえ)したのだ。

(ちな)みにアルジェリアでは1962(せん・きゅうひゃく・ろくじゅうに)(ねん)、フランス帝国(ていこく)主義(しゅぎ)()()され、フランス、アメリカと(たたか)ったベトナムの解放(かいほう)1969(せん・きゅうひゃく・ろくじゅうきゅう)(ねん)()たねばならなかった。

帝国(ていこく)主義(しゅぎ)からの解放(かいほう)成功(せいこう)した一部(いちぶ)地域(ちいき)では、建国(けんこく)方法(ほうほう)として社会(しゃかい)主義(しゅぎ)選択(せんたく)した。(かれ)らから()れば、自分(じぶん)たちを圧迫(あっぱく)してきた帝国(ていこく)主義(しゅぎ)(こく)経済(けいざい)社会(しゃかい)system(システム)である資本(しほん)主義(しゅぎ)が、自分(じぶん)たちが(えら)ぶべき国家(こっか)建設(けんせつ)(みち)とはとうてい(おも)えなかった。

植民地(しょくみんち)支配(しはい)暴力(ぼうりょく)だけでなく、戦前(せんぜん)戦後(せんご)資本(しほん)主義(しゅぎ)(こく)では、(おな)白人(はくじん)であっても貧富(ひんぷ)()がひどく、(まず)しいものは(しいた)げられており、社会(しゃかい)福祉(ふくし)制度(せいど)整備(せいび)不十分(ふじゅうぶん)なものだった。さらに有色(ゆうしょく)人種(じんしゅ)(たい)する差別(さべつ)暴力的(ぼうりょくてき)残酷(ざんこく)(きわ)まりないものだった。キング牧師(ぼくし)公民権(こうみんけん)運動(うんどう)(なん)アのaparthheid(アパルトヘイト), オーストラリアの(はく)(ごう)主義(しゅぎ)など、記憶(きおく)(あたら)しい。

さらに、2()()(わた)帝国(ていこく)主義(しゅぎ)国家(こっか)相互(そうご)大戦争(だいせんそう)では、(おお)くの大量(たいりょう)破壊(はかい)兵器(へいき)使用(しよう)され、ついには原爆(げんばく)までも投下(とうか)し、人類(じんるい)全体(ぜんたい)(ぜつめつ)までも想定(そうてい)される事態(じたい)となった。これから新国家(しんこっか)建設(けんせつ)しようとする指導者(しどうしゃ)が、こんなsystem(システム)選択(せんたく)しようなどと(かんが)える方が、()(くる)っているとさえいえた。

 

(かれ)らが選択(せんたく)した社会(しゃかい)主義(しゅぎ)はロシアで1917(せん・きゅうひゃく・じゅうなな)(ねん)実現(じつげん)していたが、その実態(じったい)(そと)世界(せかい)にはよく()られず、むしろ労働者(ろうどうしゃ)農民(のうみん)主人(しゅじん)(こう)になって平等(びょうどう)世界(せかい)実現(じつげん)、ないし実現(じつげん)されつつあると(しん)じる(もの)(おお)かった。

(かれ)らは、社会(しゃかい)主義(しゅぎ)構想(こうそう)をおもにカール・マルクスの書籍(しょせき)から(まな)んだ。資本(しほん)主義(しゅぎ)資本(しほん)()った階級(かいきゅう)支配(しはい)労働者(ろうどうしゃ)階級(かいきゅう)搾取(さくしゅ)されている / 生産(せいさん)手段(しゅだん)資本(しほん))を公有化(こうゆうか)すれば、人民(じんみん)解放(かいほう)され政治的(せいじてき)にも経済的(けいざいてき)にも(びょう)(どう)民主(みんしゅ)主義(しゅぎ)社会(しゃかい)実現(じつげん)できると()かれていた。

マオ・ツォトン(毛沢東)もホー・チ・ミンもカストロも、マルクスの思想(しそう)信奉(しんぽう)実行(じっこう)(うつ)そうとした革命(かくめい)第一(だいいち)世代(せだい)だ(キム・イルソンは革命(かくめい)第一(だいいち)世代(せだい)ではなく、ソ(れん)傀儡(かいらい)だ)。

ところが、実現(じつげん)したものは、共産党(きょうさんとう)という一党(いっとう)独裁(どくさい)する巨大(きょだい)官僚(かんりょう)機構(きこう)だった。

封建制(ほうけんせい)から資本(しほん)主義(しゅぎ)社会(しゃかい)主義(しゅぎ)体制(たいせい)移行(いこう)する(とき)、その方法(ほうほう)はすべての地域(ちいき)暴力(ぼうりょく)革命(かくめい)であった。主的(みんしゅてき)手段(しゅだん)はとらない。自由(じゆう)議論(ぎろん)前提(ぜんてい)多数決(たすうけつ)体制(たいせい)選択(せんたく)するわけではない。イギリスでも、フランスでも「bourgeois(ブルジョア)民主(みんしゅ)革命(かくめい)」というが、結果(けっか)として民主的(みんしゅてき)system(システム)実現(じつげん)されたかもしれないが、その過程(かてい)革命(かくめい)勢力(せいりょく)内部(ないぶ)でも暴力的(ぼうりょくてき)主導権(しゅどうけん)(あらそ)いがあり、とても民主的(みんしゅてき)なものではない。

 

革命(かくめい)過程(かてい)(おな)じように暴力的(ぼうりょくてき)であったわけだが、どうして社会(しゃかい)主義(しゅぎ)結果(けっか)として民主(みんしゅ)主義(しゅぎ)にならなかったのであろうか? 社会(しゃかい)主義(しゅぎ)移行(いこう)した地域(ちいき)は「bourgeois(ブルジョア)民主(みんしゅ)革命(かくめい)」を()こした地域(ちいき)よりも、さらにズット(おく)れた(まず)しい地域(ちいき)一般(いっぱん)人民(じんみん)識字率(しきじりつ)(きわ)めて(ひく)かった。そういった一般(いっぱん)人民(じんみん)には政権(せいけん)監視(かんし)可能(かのう)にする知的(ちてき)社会(しゃかい)管理(かんり)能力(のうりょく)欠如(けつじょ)していたからだろう。

建国後(けんこくご)共産党(きょうさんとう)(ない)elite(エリート)国家(こっか)権力(けんりょく)独占(どくせん)し、人々(ひとびと)政治的(せいじてき)言論(げんろん)集会(しゅうかい)結社(けっしゃ)などは抑圧(よくあつ)されていく。共産(きょうさん)党政府(とうせいふ)(その(なか)でも権力(けんりょく)(にぎ)った(もの)たち)に批判的(ひはんてき)(もの)不当(ふとう)拘束(こうそく)され、()調(しら)べでは拷問(ごうもん)()けることが(おお)いようだ

資本(しほん)主義(しゅぎ)(こく)でも、こういった抑圧(よくあつ)絶無(ぜつむ)となったとは()えないが、しだいに人権(じんけん)尊重(そんちょう)される方向(ほうこう)にはある。こういった権力(けんりょく)機構(きこう)による弾圧(だんあつ)社会(しゃかい)主義(しゅぎ)(こく)(ほう)(はげ)しい、というより、一党(いっとう)独裁(どくさい)体制(たいせい)本質的(ほんしつてき)()本能(ほんのう)だ。

 社会(しゃかい)主義(しゅぎ)指導者(しどうしゃ)たちも革命(かくめい)成功(せいこう)以前(いぜん)には、民主(みんしゅ)主義(しゅぎ)実現(じつげん)標榜(ひょうぼう)した。(すく)なくとも指導者(しどうしゃ)一部(いちぶ)本心(ほんしん)民主(みんしゅ)主義的(しゅぎてき)社会(しゃかい)実現(じつげん)追及(ついきゅう)していた。カストロもそのひとりだ。(かれ)革命(かくめい)実現(じつげん)させ、その(かぎ)りではキューバからアメリカ帝国(ていこく)主義(しゅぎ)とその国内(こくない)同調者(どうちょうしゃ)追放(ついほう)し、植民地(しょくみんち)支配(しはい)(くび)()からキューバ国民(こくみん)解放(かいほう)した。

しかし、(かれ)もまた結果的(けっかてき)には一党(いっとう)独裁(どくさい)体制(たいせい)における独裁者(どくさいしゃ)となった。けれども、(かれ)(のぞ)んでそうなったというより、キューバの一般(いっぱん)人民(じんみん)教育(きょういく)level(レベル)(くわ)え、隣接(りんせつ)するアメリカによる不断(ふだん)のキューバ政権(せいけん)転覆(てんぷく)工作(こうさく)武装(ぶそう)侵攻(しんこう)も)があり、反対党(はんたいとう)存在(そんざい)とその反政府(はんせいふ)活動(かつどう)(みと)めるわけにはいかなかった、という事情(じじょう)考慮(こうりょ)しないわけにはいかない。アメリカの不当(ふとう)干渉(かんしょう)は、キューバをソ(れん)により接近(せっきん)させることになり、ソ(れん)missile(ミサイル)設置(せっち)は「キューバ危機(きき)」を招来(しょうらい)することにさえなった。

 

カストロの場合(ばあい)、キューバとその民衆(みんしゅう)解放(かいほう)が、(つね)(あたま)から(はな)れることなく、「人民(じんみん)(ため)に」国家(こっか)存在(そんざい)するべきだという理念(りねん)()(つづ)けてきたといえるだろう。(だれ)でも手厚(てあつ)医療(いりょう)()けられるという同国(どうこく)政策(せいさく)はその反映(はんえい)だ。信仰面(しんこうめん)でもローマ法王(ほうおう)はキューバでmass(マス(ミサ))(おこな)うことができる。

人民(じんみん)大量(たいりょう)虐殺(ぎゃくさつ)する核兵器(かくへいき)反対(はんたい)する姿勢(しせい)もそうだ。カストロにとって、アメリカ帝国(ていこく)主義(しゅぎ)自分(じぶん)たちを圧迫(あっぱく)(ほうむ)()ろうとしている凶悪(きょうあく)(てき)だった。だから、ヒロシマ、ナガサキへの原爆(げんばく)投下(とうか)非難(ひなん)する理由(りゆう)はアメリカが自分(じぶん)たちにも核兵器(かくへいき)使(つか)うことを(おそ)れていたからだということはできる。しかし、(かれ)場合(ばあい)、それよりも一般(いっぱん)人々(ひとびと)虐殺(ぎゃくさつ)することは、(かれ)らの人民(じんみん)解放(かいほう)という理念(りねん)からも(ゆる)されることではなかったからだろう。

言論(げんろん)自由(じゆう)制限(せいげん)され、自由(じゆう)経済(けいざい)社会(しゃかい)活動(かつどう)能力(のうりょく)発揮(はっき)できない体制(たいせい)不満(ふまん)(つよ)める人々(ひとびと)には、アメリカの自由(じゆう)system(システム)天国(てんごく)にも(おも)えただろう。キューバからboat(ボート)などでアメリカに脱出(だっしゅつ)する(ひと)(すく)なくはなかった。ただし、(ひがし)ドイツが西(にし)への逃亡者(とうぼうしゃ)銃弾(じゅうだん)()びせかけて逃亡(とうぼう)(はば)もうとしたのとは(こと)なり、()(もの)()わずと自由(じゆう)にさせた。そこには(おお)きな(ちが)いがある。

 

だが、一党(いっとう)独裁(どくさい)(つづ)言論(げんろん)制限(せいげん)されれば国民(こくみん)からの批判(ひはん)()(とど)かず、共産党(きょうさんとう)官僚(かんりょう)貪欲(どんよく)利権(りけん)獲得(かくとく)構造(こうぞう)(つく)()げられていく。国家(こっか)system(システム)利権(りけん)(あみ)()硬直(こうちょく)し、利権(りけん)をめぐる(かく)れた権力(けんりょく)闘争(とうそう)()(ひろ)げられる。

現在(げんざい)のチュングオ(中国)がまさにこういった状況(じょうきょう)にある。キューバもそういった(めん)があることは否定(ひてい)できないだろう。ただ、革命(かくめい)第一(だいいち)世代(せだい)存命(ぞんめい)であり、社会(しゃかい)主義(しゅぎ)のもともとの理念(りねん)はかすかながらも()(つづ)けている()がする。

チュングオではマオ・ツォトンが平等(びょうどう)社会(しゃかい)実現(じつげん)だと(かんが)えた人民(じんみん)公社(こうしゃ)Commune(コミューン))などの集団化(しゅうだんか)政策(せいさく)(おも)ったような結果(けっか)()せず(かれ)政策(せいさく)決定(けってい)中枢(ちゅうすう)から(はず)されつつあった。その(かれ)乾坤(けんこん)一擲(いってき)反撃(はんげき)(くわだ)社会(しゃかい)主義(しゅぎ)理想(りそう)からかけ(はな)れた現実(げんじつ)苛立(いらだ)若者(わかもの)(たち)扇動(せんどう)して()こした文化(ぶんか)大革命(だいかくめい)は、極左的(きょくさてき)分子(ぶんし)による無差別(むさべつ)破壊(はかい)活動(かつどう)をもたらし、社会(しゃかい)秩序(ちつじょ)混乱(こんらん)(おとしい)れた。結局、マオの(くわだ)ては不成功(ふせいこう)()わったが、理想(りそう)社会(しゃかい)実現(じつげん)したいという革命(かくめい)第一(だいいち)世代(せだい)執念(しゅうねん)(こも)っていた。

文化(ぶんか)大革命(だいかくめい)余震(よしん)(つづ)(なか)1972(せん・きゅうひゃく・ななじゅうに)(ねん)2()(がつ)ニクソン大統領(だいとうりょう)(ほう)中し、マオとチョウ・ウォンライ(周恩来)に()うと、その9()(がつ)()いかけるように訪中(ほうちゅう)した田中(たなか)首相(しゅしょう)二人(ふたり)首脳(しゅのう)()っただけでなく、国交(こっこう)まで正常化(せいじょうか)してしまった。

この時点(じてん)から、チュングオ経済(けいざい)日米(にちべい)からの外資(がいし)技術(ぎじゅつ)導入(どうにゅう)可能(かのう)となり発展(はってん)軌道(きどう)(はし)(はじ)める端緒(たんちょ)()た。しかし、二人(ふたり)革命(かくめい)第一(だいいち)世代(せだい)()(あと)のチュングオは経済(けいざい)軍事(ぐんじ)大国(たいこく)にはなったが、革命(かくめい)理想(りそう)完全(かんぜん)裏切(うらぎ)るものとなった。

アメリカはようやくキューバへの敵視(てきし)()め、国交(こっこう)(むす)不当(ふとう)経済(けいざい)制裁(せいさい)をやめようとしている。キューバは経済(けいざい)発展(はってん)機会(きかい)()たが、キューバもチュングオのようになってしまうのだろうか? 

フィデルは健康(けんこう)状態(じょうたい)心配(しんぱい)されるが、外国(がいこく)首脳(しゅのう)とちゃんとした会談(かいだん)ができるし、(おとうと)のラウルが権力(けんりょく)継承(けいしょう)している。チュングオのような発展(はってん)路線(ろせん)をめぐる権力(けんりょく)闘争(とうそう)はないようだ。キューバに()意味(いみ)での社会(しゃかい)主義(しゅぎ)理念(りねん)()(のこ)っている(あいだ)に、アメリカの軍事的(ぐんじてき)経済的(けいざいてき)()()けがなくなれば、現行(げんこう)社会(しゃかい)福祉(ふくし)制度(せいど)維持(いじ)しつつ、権力(けんりょく)透明化(とうめいか)市場(しじょう)経済化(けいざいか)(ふく)んだ民主化(みんしゅか)自由化(じゆうか)(すす)めることができるかもしれない。それを是非(ぜひ)とも期待(きたい)したい。

 

追記(ついき)

(わたし)は、1948(せん・きゅうひゃく・よんじゅうはち)(ねん)戦後(せんご)()まれだ。カストロやその盟友(めいゆう)であるチェ・ゲバラ、マオ・ツォトン、チョウ・ウォンライ、ホー・チ・ミンらの革命(かくめい)第一(だいいち)世代(せだい)(かさ)なった時期(じき)()きた((かれ)らは(わたし)よりずっと年上(としうえ)だったが)。そして、同時(どうじ)代人(だいじん)(かれ)らは人民(じんみん)解放(かいほう)のために奮闘(ふんとう)しているようにみえた。だから、(かれ)らには親近感(しんきんかん)()く。そして、渡米後(とべいご)(わたし)にとっては意外(いがい)なことに、アメリカ(じん)にも()感情(かんじょう)があることを()った。

40(よんじゅう)(ねん)(ちか)(まえ)(わたし)はニューヨークのブロードウェーの劇場(げきじょう)musical(ミュージカル)の「エビータ」を()た。その()、このmusical(ミュージカル)はマドンナ主演(しゅえん)映画化(えいがか)もされた。反特権(はんとっけん)階級(かいきゅう)(よそお)うことで労働者(ろうどうしゃ)階級(かいきゅう)支持(しじ)()てアルゼンチンの大統領(だいとうりょう)にのしあがった軍人(ぐんじん)ペロン。そのペロンに()をつけ、愛人(あいじん)から大統領(だいとうりょう)婦人(ふじん)になることで、一介(いっかい)(まず)しいdancer(ダンサー)からのしあがり、大衆(たいしゅう)からは(かれ)らの味方(みかた)として「聖女(せいじょ)」のように(あが)められたエバ・ペロンの物語(ものがたり)だ。(げき)では、その彼女(かのじょ)一生(いっしょう)疑問(ぎもん)()げかけつつ、narrator(ナレーター)として舞台(ぶたい)(まわ)しをしていく(やく)として、チェ・ゲバラが登場(とうじょう)する。

(わたし)は、その(とき)(はじ)めて、ゲバラがアルゼンチン出身(しゅっしん)であることを()った。()学生(がくせい)であった(かれ)はアルゼンチンを(はな)れ、カストロの革命(かくめい)運動(うんどう)()(とう)じたのだった。ニューヨークのど()(なか)で、アメリカにとって宿敵(しゅくてき)であるはずのキューバの革命(かくめい)闘士(とうし)が、このような権力(けんりょく)腐敗(ふはい)批判(ひはん)する舞台(ぶたい)(まわ)しの(やく)どころに()てられていることに(おどろ)いた。アメリカ市民(しみん)のキューバや南米(なんべい)現状(げんじょう)革命(かくめい)への複雑(ふくざつ)(おも)いを(かん)じざるを()なかった。

その同情(どうじょう)敵対(てきたい)という矛盾(むじゅん)した感情(かんじょう)敵対(てきたい)側面(そくめん)はオバマ政権(せいけん)政策(せいさく)転換(てんかん)によって、ようやく溶解(ようかい)させることができた。キューバには大衆(たいしゅう)第一(だいいち)主義(しゅぎ)(のこ)っている。革命(かくめい)第一(だいいち)世代(せだい)(いだ)いた民衆(もんしゅう)解放(かいほう)意気込(いきご)みは、資本(しほん)主義(しゅぎ)(こく)より強烈(きょうれつ)だったはずだ。今後(こんご)市場(しじょう)経済(けいざい)徐々(じょじょ)()かっていくだろう。市場(しじょう)経済(けいざい)minus(マイナス)(めん)極力(きょくりょく)(おさ)えつつ、(かれ)らの元々(もともと)理想(りそう)実現(じつげん)されていくことを(ねが)ってやまない。

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88: Son of Whore  ’16

フィリピンのドゥテルテ大統領(だいとうりょう)が、ASEAN首脳(しゅのう)会議(かいぎ)前日(ぜんじつ)五日(いつか)、オバマ大統領(だいとうりょう)をタガログ()Son of Whore売春婦(ばいしゅんふ)息子(むすこ))を意味(いみ)する蔑称(べっしょう)()んだことで、アメリカ(がわ)両国(りょうこく)首脳(しゅのう)会談(かいだん)cancel(キャンセル)した。その()、ドゥテルテ()自身(じしん)発言(はつげん)後悔(こうかい)(ねん)(しめ)したことから、両首脳(りょうしゅのう)はビエンチャンで短時間(たんじかん)面会(めんかい)した。

ドゥテルテ()は、同国(どうこく)麻薬(まやく)取締(とりしまり)において、その捜査(そうさ)過程(かてい)2000(にせん)(にん)もの被疑者(ひぎしゃ)殺害(さつがい)したとみられることに(たい)し、連合(れんごう)(こく)国連(こくれん))は人権(じんけん)侵害(しんがい)だと批判(ひはん)し、アメリカ国務省(こくむしょう)もそれに同調(どうちょう)していることに(かれ)(はげ)しく反発(はんぱつ)してきた。

反発(はんぱつ)根拠(こんきょ)は、アメリカがフィリピンを植民(しょくみん)地化(ちか)する戦争(せんそう)とその植民地(しょくみんち)時期(じき)に、(おお)くのフィリピン(じん)がアメリカによって殺害(さつがい)されたり拷問(ごうもん)()けてきたということだ(アメリカのフィリピン植民地化(しょくみんちか)とニッポンのチョソン(朝鮮)植民地化(しょくみんちか)同時期(どうじき)であり(1902(せん・きゅうひゃく・に)(ねん)1910(せん・きゅうひゃく・じゅう)(ねん))、欧米(おうべい)はニッポンのチョソン植民地化(しょくみんちか)非難(ひなん)しない)。

 

そういった暴力的(ぼうりょくてき)支配(しはい)事実(じじつ)(たい)(なん)謝罪(しゃざい)(つぐな)いをしていないアメリカが、そして、それを()()げない欧米(おうべい)media(メディア)が、人権(じんけん)擁護(ようご)()りかざして、フィリピン政府(せいふ)麻薬(まやく)()()まりの方法(ほうほう)批判(ひはん)するのは(ゆる)せないというわけだ。連合(れんごう)(こく)歴史(れきし)()をそむけたままご都合(つごう)主義的(しゅぎてき)にフィリピンの内政(ないせい)批判(ひはん)するのもドゥテルテ()には(ゆる)せないようで先日(せんじつ)連合(れんごう)(こく)脱退(だったい)さえも示唆(しさ)した(外相(がいしょう)即時(そくじ)否定(ひてい)したが)。

今回(こんかい)両首脳(りょうしゅのう)会談(かいだん)で、オバマ()麻薬(まやく)取締(とりしまり)人権(じんけん)侵害(しんがい)()()げることが予想(よそう)され、それへの反発(はんぱつ)発言(はつげん)(なか)(うえ)侮辱(ぶじょく)言葉(ことば)()たようだ。media(メディア)はとかく、一番目(いちばんめ)()侮辱(ぶじょく)発言(はつげん)部分(ぶぶん)のみ()()って報道(ほうどう)する傾向(けいこう)があるが、全体的(ぜんたいてき)(なが)れにも注意(ちゅうい)をはらう必要(ひつよう)がある。

 

ドゥテルテ()麻薬(まやく)取締(とりしまり)方法(ほうほう)疑問(ぎもん)(のこ)ろう。フィリピンの麻薬(まやく)組織(そしき)銃器(じゅうき)などで武装(ぶそう)(はげ)しく抵抗(ていこう)するのだろうか?いずれにしても、公正(こうせい)公平(こうへい)司法(しほう)制度(せいど)確立(かくりつ)(もと)められる。しかし、アメリカがフィリピンを植民地(しょくみんち)にしていたことは(まぎ)れもない事実(じじつ)だ。アメリカは、(すく)なくともフィリピンに(たい)しては、自分(じぶん)のことは(たな)()げて、人権(じんけん)擁護(ようご)者面(しゃづら)して(うえ)から目線(めせん)で、批判(ひはん)することはできないはずだ。

フィリピンは、アメリカの過剰(かじょう)内政(ないせい)介入(かいにゅう)反発(はんぱつ)するのと同時(どうじ)に、チュングオ(中国)の脅威(きょうい)にさらされているからアメリカの協力(きょうりょく)必要(ひつよう)だ。その両面(りょうめん)使(つか)()けをしている。アメリカはフィリピン内政(ないせい)への過剰(かじょう)介入(かいにゅう)(ひか)えれば、(たい)チュングオ政策(せいさく)で、フィリピンとの関係(かんけい)動揺(どうよう)することはないだろう。

 

これまで、世界(せかい)はもっぱら元枢軸(もとすうじく)(こく)残虐(ざんぎゃく)行為(こうい)批判(ひはん)焦点(しょうてん)()ててきた傾向(けいこう)がある。しかし、ニッポンもドイツも大戦(たいせん)反省(はんせい)し、戦後(せんご)世界(せかい)平和(へいわ)発展(はってん)貢献(こうけん)してきたことは(あき)らかだ。

事態(じたい)は、(つぎ)段階(だんかい)(うつ)りつつある。オバマ()はヒロシマを訪問(ほうもん)し、謝罪(しゃざい)はしなかったが犠牲者(ぎせいしゃ)追悼(ついとう)し、核兵器(かくへいき)()遺産(いさん)であり廃絶(はいぜつ)すべきものだという宣言(せんげん))(あらた)めて世界(せかい)()けて発信(はっしん)した。戦勝(せんしょう)(こく)()側面(そくめん)にも次第(しだい)()()けられ、それは植民地(しょくみんち)支配(しはい)歴史(れきし)全体(ぜんたい)にも(そそ)がれていくことになるだろう。

(せん)時下(じか)虐殺(ぎゃくさつ)行為(こうい)だけでなく、フィリピンなどアジア、アフリカでの植民(しょくみん)地下(ちか)での(きょ)住民(じゅうみん)や、アメリカやオーストラリアでの白人(はくじん)国家(こっか)建国下(けんこくか)での先住民(せんじゅうみん)への虐待(ぎゃくたい)行為(こうい)など、